御翼の救い

「鷲が巣のひなを呼び覚まし
そのひなの上を舞いかけり
翼を広げてこれを取り
羽に乗せて行くように。」

申命記32章11節

21年前、札幌で洗礼の学びをしていた時、この聖句の箇所で札幌国際基督教会のLee Soo Goo牧師が、こんな話をしてくださいました。
「わし、鷲は、ひなの巣立ちが近くなると、ひなが飛ぶことが出来るように、飛ぶことを教えるために、ひなをくわえてわざと巣から落とす。そして、まだうまく飛ぶことが出来ず、地面に落ちる寸前に、親は自分の翼ですくい上げ、翼に乗せて助けるんです。

私は何年経ってもこの話が忘れられず、大好きです。
主は私たちのことも、再々このように試されることがあることを感じるのです。
”ひゃっ!!”とすることはあっても、決して地面にたたきつけるようなことはなさらない…。

私はバンジージャンプみたいなものが大嫌いです。
綱があるから人は飛び、飛んだから自分が『勇気ある者』と自己満足する。何か、愚かで、悲しいなと…。

人生において大切なことは「真の勇気」です。
ましてや、クリスチャンになったら、綱は見えないけれど飛ぶ勇気、主が地面にたたきつけられる前に必ず、主の御翼で救いあげてくださるという確信のもとに…。

でも、勇気の中には、進む、飛ぶ前に、『退く』勇気もとても大切です。内なる聖霊の声に、いつも鋭敏になって、これを判断するのです!
そうしていれば、きっと大丈夫!主は、前から後ろから「これを行け、右だ、左だ」と必ずささやいてくださいます。

私が大好きな賛美に、「主を待ち望む者は」というのがあります。好きになったきっかけは、2年前、母が2年間札幌に居た時にさかのぼります。母が弱ってきて教会へ通えなくなったある日、Pastor Leeがギターを抱えて母のために礼拝をしてくださりに来てくださったのです。そしてこの賛美を歌ってくださいました。

「主を待ち望む者は常に新しい
翼をかってのぼる
走り疲れず 歩みて倦まず
鷲のようにのぼる」

「主を待ち望む者は」

今も、賛美が好きな娘の猫、ロシアンブルーのルシアを撫でながら毎日歌っています。

高いケージの上で17歳を過ぎたルシア。自分の命も、もうそんなに長くないことも悟り、聡明な瞳をはるか遠くの緑の山に向け、何かを深く考えながら、私が歌う賛美を聴いています。

「すべての生き物のいのちと
すべての人間の息とは、その御手の内にある」

ヨブ記12章10節

私が札幌で飼っていた「えん」という猫が死んでしまった時、2013年6月7日に開いた聖書で見つけたみ言葉です。

動物は「自然の摂理」すなわち「神の摂理」をちゃんと知っています。
自殺者が多いというニュースの中で、100才になるおばあさんの言葉が耳に残っています。

「そんなに急がんでも、人間はちゃんと死ねるんだから!」

主は人を、ことごとく「純良種の種」として造ってくださったのに、いつか粗悪品の種になってしまったことを嘆いておいででしょう。気高く、賢く、凛として、進むとき、飛ぶとき、退くとき、いつも鷲の翼、主の御翼の救いを信じ、主とともに歌い、祈る毎日でありたいです。

In Fall
秋に。
黒柳眞理

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