十分な恵み

もしどうしても誇る必要があるなら
私は自分の弱さを誇ります。

Ⅱコリント11:30

しかし主は、『私の恵みはあなたに十分である。というのは、私の力は弱さのうちに完全に現れるからである』と言われるからです。ですから私は、キリストの力が私を覆うために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

Ⅱコリント12:9

私はこの聖句が大好きです。
Gentle=優しい そして真のgentleは強いことです。
でも人は、弱いことを「負」と捉え自分を責めたりします。
神様の愛、素晴らしさを知らないからでしょう。

私は昔、どれだけ涙を流したでしょう…。
鎌倉に住んでいたころ、海が近く。
離婚の覚悟、経済的な苦しみ。
子どもたちの前では泣けないから、夕方、人気が無くなった海に向かって、わんわん泣きました。
そのころ、何故かクリスチャンホームミッションスクールを出たのに、主にすがらなかったのです。

でも今、絞り出そうとしても、悲しみの涙が出ません。
感情を無くしたせいでも、加齢によって目が渇いてしまったわけでもありません。
「主の覆い」が大きく私を包んでくださっているので、私は強いのです。
弱さが、私を強くしたのです。

反対に、主日礼拝、教会の一番前に座り、祈り賛美するとき、聖霊に満たされているのを感じ、自然に涙が溢れます。

それから、「わたしの恵みは十分である」このみことばも、私の反省を促してくれます。
友人たちと話をすると必ず最後に友人が「でも眞理さんは幸せよ!」何人もそう言ってくださるから、私はきっととても幸せなのでしょう。勿論自分でもそう思っていますが、私は欲張りだなーと反省します。

コロナの感染症の症状の一つに、味覚、臭覚障害があります。
これは、なってみないとわからない辛さだそうです。
炊き立ての白いご飯も、何の香りもなく、ゴムを噛んでるみたい。
美しい花の香りも感じない…。

どこか痛いより良いのでは?と思いますが、人は目で”ウワッ!美味しそう!” 香りを嗅いで確認、花も目で充分きれいでも、近寄って香りを嗅ぎ、”ウンウン、バラの香りだ!” 今あちらこちらからキンモクセイの良い香りがしてくるのに、それを感じられないのは、やはり悲しい。
だから、それを全部感じられるのは「主の恵みが十分」なのである。

イエス様の弟子、パウロは、以前はサウロと言って、イエスを迫害する側であった。
でもイエス様に出会い、弟子となり、変わって立派なパウロとなった。
パウロには、何か持病のようなものがあったらしい。
聖書には「とげ」とだけあり、何であるかはわからないが、パウロにとっては辛いものであったらしく、「この事については、私は主に三度、取り除いてくれるように祈ったが、主は『私の恵みはあなたに十分である。人は弱いときにこそ強い』そうおっしゃった。」とあります。

コロナ…COVID-19。この問題は私たちに本当にたくさんの気づきを、主が与えてくださっているような感じがする。

「WAKE UP! WAKE UP! 心の目を覚ましなさい!」そんな感じで…。

冬のお洒落が出来るな~
帽子、マフラー、ブーツ、大好き!
黒柳眞理

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