You Raise Me Up

心が疲れた時 重荷を背負った時 私は立ち止まり待つ 主が来て下さるのを
主が支えてくださると 私は強くなれる 主が私に力を 与えてくださるから
When I am down and, oh my soul, so weary
When troubles come and my heart burdened be
Then, I am still and wait here in the silence
Until you come and sit a while with me
You raise me up, so I can stand on mountains
You raise me up, to walk on stormy seas
I am strong, when I am on your shoulders
You raise me up…to more than I can be.

You Raise Me Up

この歌を初めて聴いたのは、十数年前、札幌国際キリスト教会においてであった。色々な国の個性あるクリスチャンの方がたくさんいらして、クリスマス礼拝ではさまざまなお国柄の賛美が披露される。
その中で、アフリカ系アメリカ人の青年が、アカペラでこの”You Raise Me Up”を歌ってくださった。
涙があふれ、鳥肌が立って、それ以来、何かイベントがあるたびにその方にリクエストしていた。

ただ、歌のすばらしさに心を奪われているだけで、その歌詞にきちんと向き合うことはなかった気がする。

ところが、30年住んだ札幌から、急に千葉の八千代に住むことになり、札幌の教会の牧師先生からのご紹介で、八千代福音キリスト教会と巡り合うことが出来ました。一番初めの日から”この教会は私の教会”何かとても不思議な気持ちを覚えました。

そして、歌唱力がなければとても歌えないと思っていたこの曲を、何がきっかてだったのか、大胆にも、私は歌うと決めたのです。そして、改めて、この歌詞に注目した時、ここには主からのメッセージが詰まっていると感じたのです。

外国でもたくさんのアーティストが歌っていらっしゃるけれど、その方たちはクリスチャンとして、主のすばらしさを伝えようと歌っていらっしゃるのが伝わるのですが、ただ、あまりに美しい旋律であったり、ドラマティックに歌ってくださればくださるほど、ただの『この歌、大好き!』的なポピュラーソングのように聞こえてしまう。紅茶のコマーシャルに使われていたこともあった。

私は尚子先生の美しいピアノに助けられて、何度か歌わせていただくチャンスがあったけれど、歌唱力は自信がなくても、「主はこんなに素晴らしい!元気を出そう!大丈夫!主に委ね、イエスさまの肩をお借りして頭をのせて待とう、信じよう!」そんな気持ちを伝えたいと思って歌っている。

昨年の11月27日、以前このコラムでも書いたことのある娘のロシアンブルーの猫、ルシアが亡くなった。18才であったから充分に頑張って娘を支えてきた。そのルシアが、いつも、お気に入りの高いケージの上から、”アーオ”と鳴いて私を呼び、”歌って!”とねだる。幸せそうに、遠いところを眺めたり、穏やかに、私の手にあごをのせたり…。

ある日、ルシアがあまりに苦しそうなので、かかりつけの病院に行こうとしたが、運悪く休診日だった。そこで以前、数回かかったことのある近くの病院に連れて行ったら、24時間の点滴が必要と言われ、やむなく預けることになり、その夜中の2時ごろ、逝ってしまった。娘はルシアを自分の腕の中で眠りにつかせるのが希望だったけれども、それはかなわなかったのである。娘は半狂乱になり、自分が殺した、自分も死にたい!と嘆いた。しばらくはペットロスがひどく、心配したけれど、娘なりにひとつひとつ区切りを付けて、休みの日にはお骨を抱いて(私が毛糸で何種類か可愛い袋を編んであげた)綺麗な公園を、お骨に語り掛けながら散歩したり…。

でもやはり神様はすごいお方、生きておられると思う。私たちのマンションは三階建てで、今までと違い、周りに高い建物がない住宅街なのだが、道を挟んで真ん前に二軒空き家が建っていた。それは蔦が絡み、私と娘はお化け屋敷と呼んでいたのだが、昨年末ポストに通知が入っていて1月7日からそれの解体工事が約一か月、続くということ。
昨年末の二日間、解体するにあたり家の中を空っぽにしないといけないらしく、朝早くから暗くなるまでトラックが何台も来て、二階の窓からとか、トラックにゴミだの家具類、放り投げる荒っぽい作業。私のほうにいるもう一匹の猫の「慈雨」もおびえていた。ルシアは「びびり」なので、大きい音が大嫌い。もしルシアが生きていたら、大変だったことだろう。
娘は、「ルシア、すごい!何でも判ってたんだね!」でも、私は、「うん、神様がみんな、ちゃんとお見通しで、その前にルシアを連れていってくれたんだね!」

そういえば、私はこの1,2か月、主に強く祈っていた。ルシアはもう どこを触っても痛くて、ごはんも寝たまんま、スプーンで食べさせてあげていた。食べてはくれたけれど、プライドが高く、ハンサムだったルシアは、ブヒブヒ文句を言った!『あー嫌だ、こんなのボクじゃない!!』足も立たなくなってきたけれど、5か所くらいに作ってあげたトイレにだけは、やっとたどりつき、トイレで用を足していた。娘が仕事に追われている間、ルシアと関わっているのは私のほうが長かったから、そんなルシアを見ているのは可哀そうで、
「神様、あなたの”時”で、ルシアを連れて行ってください。ルシアもあなたを知っています。(数年前、マンションの5階から落下したときの大手術から助けてくださったので)ともに祈りました。賛美もしましたから。ルシアも、ちゃんと自分の時が近づいているのを感じていますから、どうぞどうぞ、お委ねいたします。」
まさに、人間にはわからない先を見据えて、あの時、ルシアを連れて行ってくださったのだ!

いつか、この道を娘にも理解してほしい。

ルシアはもう、こんなところに居なくて、きっと娘の仕事場で、”へえ~ママのお仕事大変なんだねー!”(娘は看護師アシスタント)娘も横浜に来て三か所目の今までで一番良い病院に勤務。娘のスキルが認められて特別室担当、15階の素晴らしい景色、お弁当もその展望台でルシアと食べている(娘の希望で、一緒に仕事に行くためのルシアの小さいマフラーを虹色の毛糸で編んであげた)。帰ってくると、”ルシアは、大好きだったシャケ弁が良いって言ったけど、私はガパオライス選んじゃったから不満なの!” 随分明るくなった。

もうお風呂介護もないから腰も痛くならない。神様は全てを備えてくださってから、娘からルシアを取った。「主は与へ、主は取られる
私は今も、ルシアのために、You Raise Me Upを毎朝、毎夕、歌っている。

ルシアが『ママを頼むね!』と、私に哀願の眼差しを何度もおくっていたのを私も受け止めていた。ルシアも 『”ママのママ” が札幌から来て、ママの傍に居てくれるからもう大丈夫!』🎶そう感じたのだろう…。
主は備えて下さるお方…。

2021年1月 主に感謝して
黒柳眞理

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