時がある

「すでに結婚した人々に命じます。命じるの私ではなく主です。妻は夫と別れてはいけません。もし別れたのだったら、結婚せずにいるか、それとも、夫と和解するか どちらかにしなさい。」
「しかし、もし信者でない方の者が離れて行くのであれば、離れて行かせなさい。そのような場合には、信者である夫、あるいは妻は、縛られることはありません。」
「ただ おのおのが、主からいただいた分に応じ、また、神がおのおのをお召しになった時のままの状態で歩むべきです」

1コリント 7章 10,11,15,17節

不信仰の者と同じくびきを負うのは難しいのです。

離婚

私がこのコラムを書きたいと思ったのは、主を知らない人々に、主のすばらしさ、主とともに歩むことの平安を伝えたいと思ったからです。でも、すべてのノンクリスチャンに、聖書をぜひ読んで!そういっても無理です。祖母の代から、敬虔なクリスチャンだった母が、時々言っていました。”キリスト教は難しいのよ、ある程度のインテリジェンスが必要”と…。八千代福音キリスト教会の南雲牧師に昼食時の雑談の中でそんな母のことをお話したのを覚えていてくださったのでしょう。ある日曜日のメッセージで、「今日は難しいところを通りますが、眞理姉のお母様が”キリスト教は難しいのよ”と言っていたそうですが…」と。

ですから私はこのコラムの中では、聖書のみ言葉とともに、誰方でも、身近にある問題、テーマとして綴っていきたいと思いました。

芸術家の家に育ち、バレエしかやってこなかった私が、20才そこそこでプロ野球選手と結婚したので、それは、それは大変でした。でも、二人の娘も今は53才、50才。孫は社会人と大学生。離婚したのは、上の娘が成人する少し前でした。

今思うと、”眞理ちゃん!がんばったじゃん!”そう言いたいです。相手は1年もしないうちに再婚しましたが、二人の娘の結婚式には、ちゃんと両親として、金屏風の前に立ち、送りました。

何故 離婚のことを書こうと思ったかというと、自分たちのことではなく、先日観たテレビのバラエティ番組がきっかけです。それはMCの二人が誰かと誰かをマッチングで会わせるというものでした。その日のゲストが、歌手の森進一さんと息子のHiroさんというロックの歌手でした。

みことばを語るコラムに、何故 森進一さん?理由は先に述べたとおりです。森さんと森昌子さんも離婚はしましたが、3人の息子さんがいます。そのうち二人が、今、世界中で人気のあるロック歌手になっているのです。

ところで、私の父は元N響のバイオリンのコンサートマスターでしたが、60年くらい前は、本業のほかに内職として、歌手のレコーディングの伴奏を行っていました。今はパソコンで音は何でも作り出せますが、その時代は、それらが貴重な内職でした。クラシック以外は音楽じゃないと思っていた父ですが、その父が、「美空ひばり」と「森進一」は、上手い!と言っていたのを思い出します。

さて、その日の森さんは見たことのない、父親としての、優しい美しい笑顔でした。最後のほうで、初めに森進一さんが「襟裳岬」を歌って、次に息子のHiroさんが同じ歌を歌いました。彼の歌も、久々に声も感情も、私の父が言った通り”上手い!”。息子さんのほうも、今の自分のスタイルを入れながら、でも父親のテイストも入って、それも素晴らしかったです。

息子さんが歌っている間の森さんの表情が心配気で、でも嬉しくて、一緒に口ずさみながら、父親としての本当に良いお顔でした。彼は最後に”良い声だ”と心からほめていました。そして、その瞬間に、あー、神様が、伝道者の書で言っておられる、

泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

伝道者の書 3章4~8節

この句が浮かんで、この素敵なstoryを書きたい!!と感じました。

番組の最後に森さんが、ずっと聞きたかったこととして、以前森昌子さんが(彼女も面白い人だから)何かバラエティー番組の中で三人の息子の子育てが本当に大変で、一番、二番、三番って呼んでいると聞いたけれど、そのことをずっと気にしていると。そこで息子さんに、”おまえ、本当にそんなふうに番号で呼ばれていたのか?”と尋ねると、息子さんは驚いて、”そんなこと、一度もありませんよ!”と。”そうか!” そのときの森さんの、安堵した顔も、優しく素敵でした。

離婚は確かに大変。子どもたちに傷もつける。でも、神様は必ずフォローするチャンスをたくさん与えてくださる。ただし、そのことが神様が下さったチャンスなのだと真摯に感じ、受け止めること、逃さないことが大切です。

上の娘の男の子が階段から落ちて入院し、上の女の子もまだ小学生、私は北海道から飛んで行って美容室も休んで、SOSに応じた。娘が子宮の手術で入院した時、ぎっくり腰になった時、私は飛んで行った。可愛がっていたウサギが死んだときも…。その娘は全日空のCAをやっていたから私の離婚後、経済的に本当に支えてくれていましたから。心からの恩返しと思って…。

今度は千葉、そして今、横浜と、下の娘の、一日中Help。娘の命だった猫のルシアを愛し、先日、送った。365日、美味しい食事を考えて…。離婚した時その子は、上の娘より年齢も多感な時であったから…。大人になってからだけれど、離婚とか、色々ごめんねと詫びた時に、下の娘は、”ううん、良いの、可愛く産んでくれたから”と。自分の容姿を気に入っているそうだ。有難い。

もう一つエピソード。離婚とは関係ないテーマですけれど。ある土曜日の朝の番組「サワコの朝」(私は結構テレビっ子?)いつものゲストとは全然違って僧侶。今まで、1300年の間に二人しか成し遂げた者はいないとされる荒行、苦行を達成された僧侶だそうだ。50才だそうだが、実に普通で、高僧ぶらずさわやか。その番組では、その人の心に残る一曲を選んでかけるのだが、その僧侶が選んできたのが、レディガガの「I was born this way」。歌詞がMy Wayと似ている。レディガガの、と言った時に、あまりのギャップにサワコさんものけぞった。そして最後に今、こんな世の中、人々にメッセージをと問うと、穏やかに、「笑顔でいること、口角を上げて…。」本当に大切なことは、実はとても簡単なことなのではないか。荒行、苦行で、脳も欠けているし、全身ボロボロだそうである。

イエスさまの苦行の果ての十字架を思えば、これほどの苦しみはないと思うが、私たちは、それが私たちの罪のためであったことをいつも忘れず、感謝とともに穏やかな笑顔でいたいものである。

私に与えられた賜物に感謝して。

2021年1月 黒柳眞理

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